日本青年会議所米穀部会
コラム説くどんぶり

24杯目 8月を迎えて 


実は、私事では在るが、恥ずかしながら骨を折ってしまった。(左の鎖骨)じっとしていなくては成らず、非常に苦痛でしかも暇である。自分にがっかりするのと気分が落ち込むので理由は言いたくない。51歳の誕生日だと言うのに、痛み止めとショックでぐっすりコンと眠ってしまっていた。最近は痛みも取れて、くっつくのを待つだけの、もっと暇人になってしまった。元気な時は、じっとしているのが苦手であんまりTVを見たり本をじっくり読んだりする事が無い。動いている方が楽しくて楽である。そんな事で、どうせ暇ならTVを見てやれ!と言う事にして日がな一日だらーっと見てしまっている。
8月と言えば、原爆と終戦である。どこもかしこも取り扱っていない所は無い。おまけに特集を組んでくれる。今まで取り上げなかったような物まで、見せてくれるようになった。チャンネルの数が多くなったせいもあるだろう。ほんとに大半の国民や兵隊は何にも知らされず教えられたとおりに国の為にあるいは家族を守る為に犠牲になっていったのである。
それは、勝った国も負けた国も大概同じようなものだ。その犠牲の上にに今の時代がある事は言うまでもない。それを想うとき、やはり手を合わさずにはいられない。と同時に反省ももちろんである。 色んなことを考えたが、その中の一つに、今に置き換えて考えたとき、今は降ってないが、雨あられと降ってくるのは爆弾だけだろうか?と言う風に思った。目に見えない危険なものが今雨あられと降って来ているような気がする。便利簡単快適を売り物にした在りすぎるほどのインフォメイション、時流に名を借りた「ハヤリ」等などが正義を振りかざして降ってくる。報道の名を借りた(TVといった方がいいかもしれない)、インテンショナルな世論誘導番組、そして売れる事を最大目的にしたベストセラー本、今成功している人を取り上げまくる経営セミナー、並びに経営コンサルタント、(一部は違います)経営学にしろ経営の神様にしろ、例をあげれば枚挙にイトマはない。大事な事は、「よく見極める事にある」と思う。わずか数年前まで、経営の神様と祭り上げられた人が今は罪びとであり国民から見て非難誹謗の対象である。国民も国民なら取り上げた人達も取り上げた人達である。又別の人を血祭りにあげたり、売り出しにかかっている。いったいこれをどう理解したらよいのだろう。勝手が悪くなると「自己責任」でしょうか?。我々の世代は、みんなと一緒が上善と求められた富国強兵教育世代です。今更、自分の事は自分で、自己責任でと急に言われてもとまどう人が多いのが本当だと思う。最近売れてる本の中に大橋巨泉の「人生の選択」と言うのがある。11PMを見ていたので個人的には、あんまり……と思うのだが、書いてある事にフムフム……と言う事があった。加えて言うと、主体はあくまで自分である。この世にあるすべての事物は自分のためにあると思うのだが、誤解を生むだろうか?(決して今、国がTVで広告している割と辛辣な自己チュウではないと思っている)怪我したのも、歳のせいがあると思うが、これも歳のせいだろうか?皆さんも時々暇になってみると良い。仕事から離れると、色んなことを考える。

BON