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| 11杯目 少年事件パート2 |
経済的に貧しくない子、勉強のできる子、所謂いい子、そしてその反対に、不良である悪い子。 こんな少年少女像が、事件の報道から浮かび上がってくる。 現在、もっとも問題のない普通の子とはいったいどんな子なんだろう? 多分それが理想の子ということになるだろうが それでは、いい子って誰にとっていい子なんだろうか? 親にとって? 社会にとって? ご近所にとって? 国にとって? 他人にとって? それとも自分にとって? 逆に悪い子ってどんな子のことを言うんだろうか? 子供だったら、まず自分にとってが第一で、それの延長線上に、親にとって、家族にとって、世間にとって、の順に成るんではないか? それが一直線上に並べば理想的で文句はない。 子供は正直であるからこの順番は変わらない。 でも、親の属する社会がそれを許さない。 従って本当の自分を表に出せない。10歳位まで親は子にとってスーパー神様である。気に入られるようにしないと生きて行けない。抵抗はするが本能的に自分が弱い事を知っている。その結果本当の自分の出せる場所がない。 そのうち、本当の自分はどこに言ったのか解らなく成る。自分すら自分を認めることが出来ない。そんな自分は自分の一番大事な親にとって悪い子である。まさにコンプレックス(複合矛盾)である。訳がわからない。 すごいストレス社会である。 本音が言えないのが大人の社会であるが、今は子供の世界もそうなっている。そして言わない子が良い子である。 大人は何とか絶えられるが子供に絶えられるだろうか? 耐えるための経験もない、ましてやその為の、悲しさや、哀れや、苦しみや、考え方を子供に教えられる人生哲学を、親や、先生や大人たち自身が持っているだろうか? すごく疑問である。 根底には、自分を解ってくれない、認めてくれない、社会に対する怒りがあるような気がして成らない。児童心理学者の誰かが言っていたが、「子供が壊れているんです。切れてるものは、元に返りますが壊れている物は元に戻らない。」 本当は壊れているのは大人なのではないだろうか? BON |