日本青年会議所米穀部会
コラム説くどんぶり

04杯目 考え直してみよう 


今日カミサンと、友達の子供の門出(東京の大学に入る)のお祝いに出かけた。
人の子供は育ちが早いというが、ほんとにそう思う。
ひざの上に抱いていたと思ったら、小学生になり、中学受験で騒いだら、もう大学である。
親にとったら、ずいぶんと遅い成長かもしれないし、今から一人前になるまでも、気の休まる時はないかもしれな・・・。
が、時々見る立場の私にとっては、やっぱり早いと感じてしまう。
すべての生き物にとって、子孫を作り、育てあげるのは、一生のうちで最も大きな、最も重要な仕事である事は間違いないところだろう。
偏見と叱られるのを覚悟で言えば、夜の街に出て心配になるのは、歩いている人の、半分以上は、その役割を大きく担っていた、女性である。
いつの頃からそうなってしまったかはよく分からないが、多いときには7割がた女性であり、店の中に入ってもそれはあまり変わらない。 
いや、若い人だけではない。「むかし娘」も頑張っているのである。酒を飲みカラオケを歌い大満喫の状態である。どこが不景気か?とうちゃんはどうしているのか?女だけで楽しんでいて、リストラの恐怖におびえているとうちゃんはどこへ行ったのか?
余残な事とは思うが、こっちの方も不思議で心配である。
法律として男女機会均等法等と言うものが出来たが、追い風かもしれない。
人間として男女は平等であり自己実現の機会や人生を豊かに生きる権利は平等にあると言う。
もっともだと思う。しかし、「役割はおのずと違ってよい」と思う。男は男、女は女の役割があると思うのである。
事柄によってどっちが、メジャーかの問題である。
出来れば「自分達の場合は?」と問い掛け、自分なりのスタンスを持ってないと間違ってしまう。
しかし誰でもやっぱし、夜の街は楽しく愉快で気分が良いらしい
・・・男女を問わず・・・にである。(かくいう私も同じです!)
どうでも良い事だが、みんな、ご自分の家庭ではどう考えているんだろうか?そんな会話(損な会話)はもともとしないに越した事はないが、あらためて話をすることになったら困るかもしれない。・・・。
役割分担と言うと、私の知人に、奥さんが職を持ち、旦那が子供を育て、家庭の事をし、今度子供が大学に入学をした家庭がある。もちろん、男に乳は出ないのでそれは協力してもらってたが、私にはとても無理だと、感心するやら、敬服するやらである。両人ともまったく無理せずに、自然にそうしているので、(そしてお互い尊敬しあっている)よけい不思議で驚きでもある。
お互い自分を発揮するためにいろいろやるのは良い事だと思うが、ともすると、何の目的でやっているのか、何が一番大事かわからなくなり、「子供や家庭のためなんだ」と信じてたものが、気が付くとそのことは二の次になっている。一番大事なのは自分と家族だって事は当たり前なのに、なんかおかしくなっている。
経済最優先の時代が長く続き、(欲しがらせます、買うまでは!の時代)それを擁護する理屈が常識になっていて、国の施策もその方向の結果だと思うが、誠にもう一度疑問を感じてもいい時ではないだろうか。
最近の変な事件の背景を耳にするたびに、なんと言う事だと思うのは私一人ではないだろう。
子供がまともに育たない国が良い国とは、誰しも思わない。
親がしっかり自分の価値観を持ってないといけないのに、自分自身の事で一所懸命で、自分達や周りで起こっている変なことに疑問を感じない。感じても行動できない。
そう言えば私達が受けた教育も、国民元気で馬鹿が良い、みんなして大概、金太郎飴みたいなもんだった。(明治以来の殖産興業、富国強兵は変わっていない)
最近ヨーロッパでは、子供が出来たら仕事をきっぱりやめて子育てに専念するキャリアウーマンが増えていると言う。
みなさーーーーーん、どう思いますか〜〜〜〜〜〜。
現実と時流は無視できないが、少し立ち止まって考えてみよう。われわれは青年会議所のメンバーなのだから・・・。
「我々JCは、社会的、国家的責任を自覚し・・・」

BON